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定義
分かりにくい、日本のウイスキーの定義
定義
2022-05-18
文/土屋 守
分かりにくい、日本のウイスキーの定義
ガロアでジャパニーズウイスキーの輸出が、このコロナ禍にあっても凄い勢いで伸びていることをお伝えしたが、2022年1月下旬に2021年の年間統計が発表されたので、改めて数字で昨年一年間を見ておきたい。
国税庁の発表によると2021年のジャパニーズウイスキーの輸出金額は、約462億円となり、前年の271億を大きく上回った。対前年比でいえばプラス70%の大幅増である。ちなみに日本産酒類の1位がウイスキーで、2位が清酒、3位がビールで、4位がジン、5位が焼酎となっている。ジンの輸出金額は30億円で、対前年比74%増。焼酎は17億円で45%増と健闘したが、これはウイスキーの金額の27分の1でしかない。さらに焼酎はジンにも抜かれてしまった。
改めてこの数字を見ると、ジャパニーズウイスキーは大健闘をしているということになるが、懸念材料がないわけではない。それは12月単月の金額が29億円と、当初の予想より大幅に低かったことだ。それまでは対前年比60〜70%増で推移してきたのに対し、わずか4%増にとどまったことである。この傾向は10月頃から見られ、当初500億に達してもおかしくないと見られていた予測が、外れたことになる。
ここまではジャパニーズウイスキーの輸出の数字だが、それでは反対に輸入はどうなのだろうか。同時に発表された国税庁の数字を見ると、昨年一年間に日本に輸入されたウイスキーの金額は473億円となり、わずかではあるが、輸出を上回っている。日本はウイスキーの輸出国でもあるが、昔と変わらずウイスキーの輸入大国でもあるのだ。これは金額ベースだが、数量ベースではどうなのだろうか。
ジャパニーズウイスキーの輸出量は約1255万リットルで、輸入量は5390万リットルとなっていて、輸入量が輸出量の4倍強であることが分かる。金額が拮抗しているのに、この差は何だろうか。考えられることは輸出されるウイスキーが比較的高価であるのに対し、輸入ウイスキーの単価が安いということだ。つまり海外からの輸入はボトル詰めされたウイスキーではなく、巨大なタンクに詰めて輸入される、いわゆるバルクの状態だったのではないかということだ。
たしかに昨今のSDGsを考えれば、地球に優しいやり方だが、では、それは日本でボトリングされているのだろうか。少量なら考えられなくもないだろうが、5390万リットルすべてがそうとは考えにくい。これは40度、700㎖ボトル換算で1億本近い数字になる。実際はその100分の1もないだろう。では残りはどこへ行くのか。
2020年6月に発行されたニューヨークタイムズの紙面。
ジャパニーズウイスキーは日本産とは限らない…
そのことを考察するために、輸入ウイスキーの大半を占めるスコッチウイスキーについて見ておきたい。SWA(スコッチウイスキー協会)が発表している2020年の統計を見ると、対日の輸出は金額で約161億円、量にして1248万リットルとなっている。金額も量も、輸入ウイスキーの3分の1から4分の1を占める。SWAの容量の数字は100%アルコール換算なので、実際には国税庁が発表している量の半分近くを占めることになるだろうか。
これを40%、700ミリリットルボトルに換算すると、実に4,458万本ということになり、ケースでいえば370万ケースである。輸入スコッチはトータルしても100~150万ケース。残りのスコッチはどこに行ったのだろうか。たしかSWAはバルクでの数字も出していたと思うが、1248万リットルという数字の大部分がバルクで、それらが日本で、日本産ウイスキーとして売られているケースはないだろうか。国内流通のウイスキーにスコッチが混入されるのは、昔からの「伝統」といってしまえばそれまでだが、懸念されるのは毎年2倍近いペースで増えている輸出ウイスキーが、本来の意味でのジャパニーズウイスキーでないとしたらということだ。それは日本のウイスキーを評価してくれ、美味しいと言ってくれる海外の消費者を裏切ることになる。『ジャパニーズウイスキーは、本当に日本産か?』という、センセーショナルな見出しで、その点を指摘したのが2020年6月のニューヨークタイムズだった。私も取材に協力させてもらったが、その翌年の2021年2月に発表されたのが、日本洋酒酒造組合が、組合内規として定めた、〝ジャパニーズウイスキーの表示に関する基準〞だった。以下、それについて改めて見ておくことにする(表1)。
日本では流通しないジャパニーズウイスキーが賞を取る!?
これは「ジャパニーズウイスキー」という特定用語を用いる際の製法基準であって、単にウイスキー、ジャパンメイド、メイド・イン・ジャパンと表示するだけなら問題ナシということになる。またジャパニーズウイスキーは一語で用いなければならないとしているが、これはあくまでも日本洋酒酒造組合の内規であって、組合に加盟していなければ、必ずしもこの基準に従う必要はないし、ましてやこれに違反したとしても、一切罰則などの規定がないのだ。
もうひとつ問題がある。それは日本にはこれとは別に酒税法が定めるウイスキーの定義があり、ジャパニーズウイスキーと表示しなければ、従来どおりこれに従って「ウイスキー」と称することができることである。その従来の定義が表2で示す基準だが、これではモルト原酒、グレーン原酒以外に、製品の90%まで、いわゆる醸造アルコールを加えることが可能となっている。醸造アルコールはモラセス(廃糖蜜)など、穀物以外の原料から造られるものも多く、「穀物原料」という、ウイスキーの大前提が崩れてしまうことになる。安く大量に造られるインディアンウイスキーの大部分がこれで、それ故にEUでは、ウイスキーとして販売が認められなかったのは、ウイスキーファンならよく知る事実である。
前述の洋酒酒造組合の定義は、国際的な定義に沿ったものであり、先行する世界4大ウイスキーの定義と比べてもなんら遜色のないものだが、そもそも日本には、ウイスキーの定義がこれとは別にあることが、諸外国からはダブルスタンダードと取られかねない。この洋酒酒造組合の基準は2021年4月1日に施行されたが、いわば3年の経過措置、モラトリアム期間が設けられたのも、懸念材料の1つだ。
コロナ禍の中にあってもジャパニーズウイスキーの人気は衰えを知らず、海外の酒類コンペでも、相変わらず多くの〝日本産ウイスキー〞が、賞を取っている。しかし、その中には聞いたことも見たこともない、日本国内ではまったく知られていない銘柄も多く存在する。英文表記がどうなっているのか気になるところだが、もし「ジャパニーズウイスキー」、もしくは日本産を連想させるような表記が入っていれば(先の内規では日本を想起させる地名や人名もダメとなっている)、海外の消費者はそれを先の組合内規で造られた本物のジャパニーズウイスキーと思ってしまう。
もちろん、そうでないことを信じたいが、現在流通している日本産ウイスキーで、先の酒造組合の基準に合致するものは、10%未満との試算もある。つまり、10本のうち9本が、さきほどの基準に合致しないのだ。ガロアのテイスター座談会で、「蒸留をしていないのに、蒸留所と名乗るのはおかしい」という指摘があったが、まさに、その通りだと思っている。もし糖化・発酵・蒸留という仕込みを行わず、海外原酒をブレンドして、それをジャパニーズウイスキーとして販売しているのなら、それは消費者を欺くことになり、ひいてはジャパニーズウイスキーの信頼、価値を貶めることになる。昨年後半の輸出金額が伸びなかったことが、そのせいでないことを祈るばかりである。
【初出: ウイスキーガロア Vol.31(APRIL/2022) 】
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