JWIC－ジャパニーズウイスキーインフォメーションセンター

トレンド
- 2022-05-16
- 文／土屋守
ジャパニーズウイスキー人気とクラフトブームはなぜ起きたのか。この15年を検証する

クラフトウイスキー、クラフト蒸留所の人気が止まらない。ウイスキー文化研究所がウイスキーコニサー教本の下巻を出版したのは2021年1月のことで、その中でリストアップしたジャパニーズの蒸留所は合計35だった。その中には大手のサントリー、ニッカ、キリンの蒸留所も含まれていたので、クラフト、いわゆる小規模蒸留所の数は29。そのうち2010年以降に建てられた蒸留所は27ヵ所である。これには計画段階で、まだ出来上がっていない蒸留所も含まれていたが、それでもわずか半年ちょっとで、そのリストに5〜6ヵ所の蒸留所を加えなければならない事態となっている。

今から10年くらい前に、「47都道府県に1つずつ蒸留所ができたら面白い」と、冗談半分で言っていたが、現実は、我々の予想・想像をはるかに超えている。今まさに、日本は空前のウイスキーブーム、クラフト蒸留所ブームに沸いているといっても過言ではないのだ。

25年間の低迷から奇跡の復活を果たす

数字の上でも、それは表れている。ジャパニーズウイスキーは戦後の経済成長とともに消費量は右肩上がりに成長してきた。1980年にサントリーオールドが1240万ケース（1ケースは12本）を売上げ、単独銘柄としては世界一を記録し、1983年度には、ウイスキーの課税数量、つまり国内消費量が約38万キロリットルと、ピークを迎えた。これは国税庁が発表する統計数字で、当時はウイスキー類としてウイスキーとブランデーは一緒だったが、9割以上はウイスキーの出荷量である。

それが、この年をピークに下がり続けることになる。1989年の大幅酒税法改正（級別制度も廃止）の年には、早くも23万キロ台まで落ち込み、その後もバブル崩壊によって坂道を転げ落ちるように、ウイスキーの消費量は落ちていった。21世紀を迎えた2001年には11万キロ台、そして2008年にはピーク時の約5分の1の7万5000キロリットルほどまでにウイスキーの消費量は減少してしまった。まさに、天国と地獄である。

1983年のピークから2008年までの25年間続いたウイスキーのダウントレンド。その間にバブル崩壊と金融ショック、そして日本酒やワインのブーム、さらに乙類焼酎（本格焼酎）のブームもあった。消費者の嗜好が多様化するなかで、戦後の経済成長とともに歩んできたウイスキーが、そうした変化に対応できなかったということなのだろう。

しかし2008年で底を打ったあと、ウイスキーは再び上昇気運に転じている。2013年には10万キロを超え、10年経った2018年にはピーク時の半分近くの17万キロリットルまで回復した。そして現在の空前のジャパニーズウイスキーブームである。

これは国内消費量だけでなく、海外輸出の統計を見ても顕著だ。国税庁が毎年発表している輸出統計を見ると、10年前のウイスキー輸出金額が17億円だったのに対し、2020年は年間271億と、約16倍となっている。この年初めて清酒を抜いて日本産酒類として、ウイスキーが第1位に躍り出た。ちなみに同じ蒸留酒である焼酎は、わずか12億円と、ウイスキーの約20分の1ほどでしかない。全世界がコロナ禍の中にあったことを考えると、この271億円という数字は驚異的な数字だが、勢いは止まらず、今年（2021年）も1月から8月までの集計で340億に達していて、このままだと年間500億円に迫る勢いだ。これはジャパニーズウイスキー人気が、海外で高まり続けているという証拠でもあるのだ。

では、こうしたジャパニーズ人気、クラフトブームはどうして起きたのだろうか。なぜ、この4〜5年で急激に蒸留所が増えたのだろうか。

クラフトという言葉が定着したのはいつからか

ジャパニーズクラフトの歴史は、ベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所に始まると言っていいだろう。肥土伊知郎さんが同社を立ち上げたのが2004年で、07年に埼玉県秩父市のみどりが丘工業団地内に土地を取得し、秩父蒸溜所を創業。実際に製造免許が下り、生産開始となったのは翌08年の2月のことだ。まさに、日本のウイスキーのどん底の時代である。しかしウイスキー消費の上昇気運に乗り、あっという間に急成長を遂げた。ベンチャーウイスキーの秩父蒸留所

実はクラフトウイスキー、クラフト蒸留所という言葉が使われ始めたのは、2013年以降のことで、秩父が創業した頃は、そんな言い方はまだ定着していなかった。これはジャパニーズではないが、スコッチのキルホーマン蒸留所が2005年にアイラ島に創業した時、クラフトではなくマイクロディスティラリーと言われた。単に極小規模だから、マイクロである。では、いつ頃からクラフトという言葉が使われ出したのだろうか。それにはスコッチを見る必要がある。アイラ島のキルホーマン蒸留所キルホーマンのスチル

スコッチは1970年代後半をピークに、ジャパニーズと同じように大低迷期を経験した。その間に蒸留所の統廃合、企業買収・合併の嵐が吹き荒れたが、ミレニアムを底に、日本より早くウイスキー出荷量が上昇に転じた。しかし、業界全体では大規模蒸留所の寡占状態が続き、キルホーマン以外にマイクロ蒸留所の参入するチャンスはないと考えられていた。

新規参入を阻む最大のネックは、スコッチには容量2000リットル（正確には400ガロン、約1800リットル）以下のスチルを認めないという不文律が存在したことである。今だったら最低2000リットルというのは理に適っている数字だが、もっと小規模でやりたいというクラフト蒸留所にとっては、死活問題。そこで2010年に「スコッチ・クラフト・ディスティラリー・アソシエーション」が組織され、この2000リットルの撤廃に向け、ロビー活動が開始された。関税当局が約200年近く言い続けてきた、その不文律に終止符を打ったのが2012年で、翌13年から続々とスコッチにクラフト蒸留所が誕生した。その数、現在までに約60である。

同じことは、隣のアイルランドでも起きている。2014年頃まで、アイリッシュには北のブッシュミルズと南の新ミドルトン、そしてクーリー、キルベガンの4つの蒸留所しかなかったが、現在では40近くにまで増えている。そして、その全世界的なクラフトの波が日本にやってきたのが、2015〜16年頃のことである。その嚆矢（こうし）となったのが厚岸やマルス津貫、そして安積、ガイアフロー静岡などだ。ベンチャーウイスキー秩父に遅れること、7～8年である。その後のジャパニーズクラフトの勢いは、今さら言及する必要もないだろう。ダブリンのティーリング蒸留所

シングルモルトの登場がクラフトブームを支えている

世界的なクラフトウイスキーブームには、ひとつ大きな特徴がある。それは多くの蒸留所がシングルモルトを造ろうとしていることだ。今日のクラフトブームの先駆けとなったのはアメリカのクラフトムーブメントで、現在アメリカには〝クラフト〞と呼べる蒸留所が2000ヵ所くらいあると言われるが、当初は多くのクラフトでバーボンやコーン、ライウイスキーを造っていた。しかし現在アメリカで主流になっているのは、シングルモルトを造るクラフト蒸留所である。ケンタッキーのタウンブランチ蒸留所タウンブランチのスチル

アメリカンの定義でモルトウイスキーというのはあるが、必ずしもシングルモルトについては定義されていない。モルトウイスキーはスコッチやアイリッシュ、ジャパニーズと違って、アメリカの定義では原料に51％以上のモルト（麦芽）を使えばいいことになっている。他の国のモルトウイスキーが麦芽100％なのとは大違いだ。これでは麦芽100％で造ろうと思っているクラフトにとって不利になる。そこで現在アメリカでは新たにシングルモルトの定義策定に向け動いているのだ。ケンタッキーのライムストーン蒸留所

それはともかく、それ以外の国々のクラフトムーブメントを牽引しているのは、何といってもシングルモルトである。1990年代半ばからミレニアムにかけて、ブレンデッドに代わる酒として、シングルモルトが登場しなかったら、今日のクラフトウイスキーブーム、クラフト蒸留所人気はなかったかもしれない。それ以前のように、ブレンデッドのみが市場を席巻する状態だったら、クラフトは登場することはなかっただろう。なぜならば小資本で、ブレンデッド事業に参入することは不可能だからだ。

環境配慮とツーリズム。地方活性がキーポイント

ウイスキーは画一性から多様性を求めて、必然的にシングルモルトという世界に行き着いた。シングルモルトがなかったら、今日のような世界規模のウイスキーブーム、とりわけクラフトブームはなかっただろう。20年前と比べてますます情報化社会が加速して、人々のライフスタイルも嗜好も多様化した。世界中どこにいても、今では瞬時に蒸留所の情報にアクセスできるし、ボトルも買える。どんな人里離れた辺鄙な場所に蒸留所を建てたとしても、それがデメリットになることはないし、ネットを通して、どこにいてもボトルが買えるようになっている。かつての消費地に近い、大都市圏周辺が有利という常識は、現在の情報化社会、クラフトムーブメントでは、まったく通用しないということだ。

それに伴って、ウイスキー造りの技術革新、地球環境に配慮したSDGs、サステナビリティへの取り組みも、これからのクラフトウイスキーのキーワードとなってくるだろう。さらに現在のクラフトブームにはもうひとつ、地方経済活性化、蒸留所ツーリズムの可能性も大いに指摘されている。日本酒ツーリズムやワインツーリズムはあるが、日本酒もワインも季節生産であり、通年生産しているわけではない。

さらに言うと醸造のプロセスは外からは見えづらい。どこも同じと言ってしまえば、それまでだ。対してウイスキーは通年、生産の現場を見ることができるし、蒸留所はどれひとつとして同じものはない。そして人材雇用も、さらに原料の生産者も含めて、多くの人と、地場産業がウイスキー造りに関わってくる。クラフト蒸留所ブーム、クラフトウイスキー人気というのは日本に限らず、そうした世界規模のトレンドと密接に関わっているのだ。

【初出：ウイスキーガロア Vol.29（DECEMBER／2021）】
カテゴリーCategoly